職業訓練校のまぼろし

なんだかようやく人生のステージが一つ上がりそうになり、ほんの短い期間の出来事を忘却してしまいそうなので備忘録として残しておく

 

表題の通り、期間満了で失業した時、絶対にすぐには仕事は決まらない確信があったので職業訓練校に行こうと考えていた(正確には失業直後に長期の海外旅行に行こうと考えたが予算の都合上断念した)。

職業訓練を受けるのは実は今回が初めてではない。

実は10年ほど前に国際ビジネス科という3か月の訓練校に通っていたことがある。

(しかも失業保険がもらえる立場になく、いくばくか金を払った。)

これは正直…どちらかというといい思い出はなかった。

 

まず初めに、通学者全体でモチベーションに乏しかった。

国際科なんてのはやっぱり女性が多く、しかも東日本大震災直前の、リーマンショックから景気が持ち直してきたころである。自分以外の通学者は全員職歴があり、なんとなく余裕があって、講座に対して積極的に取り組もうとか、そういう意欲がなかった。ぶっちゃけ失業保険の期間延長のために来ているだけ、あくまでカルチャースクールの延長戦上である。

どうあがいても就活は実らず、貴重な時間を割き、自腹を切ってやってきた自分にとっては面白いわけがなかった。

救いがあったとすれば、外国人教師たちはそれなりに熱心に指導に取り組んでくれたことだ。

この訓練校、10人ほど記憶に残っていて、最後までポジシティブな目で付き合えたのは陸自上がりで教師を目指していた一人だけである。

彼は正直語学を体当たりで行くようなタイプで文法とかは滅茶苦茶にみえたけれど、ある程度そのキャリアを軌道に乗せて教師をやっていたから、ああいうやり方も一つのやり方なのだと俺に教えてくれたのはありがたいことだと思う。

逆に個人的心象が最悪だった人間が3人おり、読んでて気持ちのいいものではないかもしれないがここに残す。

いざという時に付き合いきれないと割り切る参考になったらいいと思う。

 

3人のうち一人はずっと授業態度が悪かった。

最後にグループワークでグループ分けの発表があった時、こいつだけは一緒のチームになってほしくないと思っていたが同じチームである。やはり持ち帰りもあるグループワークで、ミーティングでさえ協力的でないメンバーが加わってくるのはしんどい。

もう一人は中国人で、どういう経緯で失業訓練を受けていたかわからない。

グループワークで役職を決めようということになり、舌先三寸でチームメンバーを言いくるめ、強引にグループリーダーを自分に押し付けていった。こいつ、この後ことあるごとに己の都合が悪くなると「リーダーが考えて」「リーダーが決めたらいい」と投げ出す癖があり、大いにイライラさせられた。

実をいうと自分の人生、意外と外国人人生に恵まれていて、色々な人種の人たちに助けられてきている分、こいつの印象はぶっちぎりで最悪である。

最後の一人は確か元SEだったと思う(女性)。結局自分が渋々リーダーを引き受けた際、「自分では力不足があるのでサポートをお願いします」と言ったら後日、「サボり魔の面倒をなぜ見ないのか」「企画の出来が云々」とかサポートの意味を勘違いして糾弾激詰めしてきたのがこいつ。

こっちは学生企画でしくじって自信喪失した身で渋々やってる状態でこの3人である。

もはやチームワークどころではなく、連日ため息ばかりつきながら、修了を迎えた。

 

10年たち、数え切れないほどの落胆と諦めを繰り返して、再び職業訓練の機会を得た時である。まず前回の経験で3か月では本当に身にならないという感想から、なるべく長期の講座を受けたら落ちた(Pythonの6か月講座だったと思う。職業訓練校の勝手のよさそうな講座は落ちる)。1か月がニート生活に変わり(訓練校の募集は一か月おき、)、さすがに次回は諦めてもっと泥臭い講座を選ぶか…と思った矢先欠員補充の募集が出ていてまず期間三か月のところで嫌な思い出が蘇り、次にスクール名を見てさらにちょっと嫌な気持ちになった。何を隠そう、前回の職業訓練校のグループ会社である。嫌な気持ちではあったが、もはやここで手をこまねいていたら何もできずに失業保険も切れるだろう。

前回と違うのは、現場職とはいえ会社の一員として働いた経験があることだ。会社というフィールドでなければやりようもある。もちろん前のデスメンバーみたいな面子が固まったらどうしようもない。祈るような気持ちで面接を受け、講座に臨んだ。

前回と違い、今回の同期5人は各々やる気があった。

これなら自分も努力しがいがある。10年前の自分みたいな思いを誰もしないよう、頑張る気力が湧いてきた。